大天使に祝福を

　－－おかしな話だが…それは、祝福だった。－－
　生まれて初めて『生きている』と実感した。

　母の、弟の、そして過去を生きた、あの少女の体内に巣くった病が…私の体内にも息づいていた…。

　「ミカエル…キミは私にそっくりだ。」


　私の身体は、幼少の頃から私のモノではなかった。私の生涯は全て、テラと父へ捧げられるのだ。

　まるで、ほふられた子羊のように…。


　指導者としての帝王学をいやと言う程、叩き込まれ、研究の引き継ぎを受ける。
　しかし、それによって父の怒りが、母や弟に向かわずに済むなら、完璧に務めてみせる。

　「マリア…まるで聖女のようだ。」
　うっとりとした表情で父が呟く。その顔は、吐き気がする程、私に似ている。
　父が変わったのは、あの少女の研究を始めてからだ。我がシャークマン家は代々、例の少女のクローンを造り続けている。

　成功例はない。簡単なクローン研究なのに…だ！


　研究の理由は少女への"愛情"だ。


　「貴方は聖女どころか魔女に魅入られているんだ！」
　私は父が嫌いだった。テラや家族を顧(かえり)みず、『魔女』に没頭する愚かな男。


　－－ミカエル…キミは私にそっくりだ－－


　故に時折、自分こそは父の遺伝子からのみ、造られたクローンではないのか…という疑念に苦悩した。




　「…陽性反応…！」
　だから、あの時、…最近の研究で遺伝病だと分かってきたあの病が、私の中に芽吹いているのを、確認した時…

　「ああ…」

　私は生まれて初めて解放された。
　母からの遺伝なのだから。　

　―　―それは私への贈り物だった…。―　―


　この病は親から子へ、時に先祖から子孫へと、隔世遺伝的にも現れる。形は様々で、陰性のままの例もある。
　ただ、ひとたび発症すれば、それは確実に死への扉を開く不治の病だ。　
　現在、テラ、サイドテラに於いて　僅かな発症例が報告されている。


　－－ルシファー症候群－－

　かつては、『テラへの適応力のない者』が、かかり『大地に魂を置いて来た者達の病』とみなされた。

　故に、天から地へ墜ちた大天使の名を冠して、そう呼ばれている。





　－－月色の塔・最上部－－


　「聖女の名前の魔女…か。私は彼女を愛さない。」　


カツカツカツ……
　私は真っ直ぐに広く長い廊下を進む。私のみが立ち入れる、テラの最高機密『研究レベル・聖域』の扉へ向かって…。

　父・ラファエル亡き今、少女の研究理由は、父の持っていた『愛情』から、私の有する感情『利用』へと変わった。
　ルシファー症候群を発症した少女の遺体！


－－テラのため、未来のために治療薬が必要だ！－－

　扉の向こうの　ソレ　に呼びかける。抗体の塊そのもののような存在！
　「リオ！」

　「やぁ…ミカエル…」
　黒い羽根を持つ子供がユラリと浮いている。「少女」の細胞から生まれた「少年」。硝子のような大きな瞳が、こちらを覗いている。



　－－まるで、魔女から生まれた…地に墜ちた天使－－

　私は、この子供が出現させる抑制物質によって平常を保っている。


　「顔色が悪いよ？大丈夫？」
　リオは薄く笑うと、ヒラリと漆黒の羽根を散らせた…。　その一片(ひとひら)が私の肌を撫でて泡のように消える。

　もう一片がカプチーノのカップの中に消え、私は　それを飲み干す！それこそが、一定時間、病を抑制する物質であった。
　触れれば消える…目の前に居ながら、存在しないかのように、たゆたう不安定な個体。
リオ


　「まるで、伝説のノアのようだな。かつて、誰もが目にしたのに、誰も実体を掴めない。しかし、同じように世界を救える可能性がある。」
　「ふん…。」

　現に私は、リオの存在を維持し、つなぎ止めるため、テラの機能や私の全精力を傾けざるを得なかった。

　リオの硝子の双眸が、不思議そうに…もしくは憐れむように私を映して揺れる。


　「ミカエル…。キミは自分の人生を生きようとは思わないの？聖母(ママ)は自分のために逃げ出したのに…！ズルいよね？」
　賛美歌が聖堂に響くように、リオの声が　ユルリ　と脳裏に響き…巡る…。

　「本当にテラに捕らわれて…"飛べない籠の鳥"はママじゃない！キミの方だ。」

　「ふっ…分かっている。」
　(ノエルのように自由に生きられたら…人生は少しばかりマシかもしれない。)
　思わず口元に自嘲の笑みが浮かぶ。

　「私は…あの子のように己の人生を夢見る程、ロマンチストではないよ。」

　「ならば、ミカエル…」
　リオは天をフワリと舞って、その唇から神託を放つ。

　「正義の大天使…！その名に相応しい正義の実行のために、ママを連れて来て！非情の剣を振り下ろすんだ…！」

　私はジッと、その不安定な存在を注視する。

　－－抗体を持つ神か……悪魔か。－－

　闇色の羽根が一瞬、…雪のように白く輝いた。
　「そうすればボクは、キミに……」




　　　　　　　　　　　　－－祝福をあげるよ－－