ノエルの憂鬱

--月色の塔・中層部の待合室。－－

　私は朝からイラついていた。ガランとした広間のソファに腰を下ろす。

　メインサイエンティストになって、もう３年も経つというのに私に与えられる仕事はと言えば書類整理や…こともあろうに『少女』のお守りだ！！


「まるでガキの使いだな。これならザクロでもやれる。」
口に出すと一層、気が沈んだ。（ザクロの出過ぎた顔が脳裏をよぎりイラつく！）


　ハア…と、ひとつ溜息を落とし、さっきから私の胸に縋って泣いている少女に目を向ける。

　－－－名を『マリア』　と言うらしい。－－－
１０歳くらいだろうか？

　今日の仕事はこの少女を『監視役』に引き渡す事。

　今日で父、ラファエルが死んで１ヶ月が経つ。兄、ミカエル・シャークマンは『月色の塔』の改革に乗り出していた。

　胸元のマリアを、ぎこちなく抱きしめ「どれも異例づくしだ。」呟いて考える。
　サイドテラの住人を『メインサイエンティスト』として迎えようとしたり、父の研究対象であった少女の『研究レベル』を『神聖』から『極秘』に格下げし、人手に任せたり……。

「あの人は父とは違うんだな…私や母にとって、冷たい人間である事に変わりはないけど…。」

　マリアの泣きはらした目が、私を問うように見つめる。

「あのね…ラファエルお義父様…死んじゃったの？　うっく…」

「………」

　嗚咽混じりに泣き続ける少女から、早く解放されたかった。
私は父の死に直面しても流す涙さえ持ち合わせてはいない。それ程の、薄い繋がりでしかなかったと言うのに…。


　この少女にとっては優しい父だったのだろうか？

　やるせない気持ちを持て余し、困惑している所に声を掛けられた。

「遅れてすみません！！監視役のフェリア・スーです！！」

バレー部！？直感でそう感じてしまう程、活発そうな女性だ。
至近距離で驚く程の大声でまくし立てる。

「あ…あの、書類とかサインとか、チェックが厳しくて……遅ればせますたっ！！うぐっ？」

　緊張しているのか、普段あまり敬語を使わないのか、噛みまくっている。
バイトだろうか？

　私は冷たく突き放すように答えた。

「いい訳はいい。さっさと連れて行ってくれ。」


　－－－これ以上、父や兄の研究資料に関わるのは御免だった。－－－


　しかしフェリアと名乗った腹から声を出す女性は、不機嫌そうに辺りを見回した。
　「はぁ…でも……、あたしの監視を必要とするような化け物は見当たらね…いや！見当たりませんけど？」


　－－－言われて驚いた！私が命じなければならないのは、無論　化け物などではなく、まだ幼い少女の監視及び隔離なのだ！－－－


　フェリアが挑むような目で私を睨みつける。
　「まさかその、泣いてる女の子じゃないですよね？」

「…………………！」
　絶句した。あまりに長く月色の塔の　部品の一つとして動いてきたため、私の良識は世間のそれとは、かけ離れ
　すっかり麻痺していたのだった。